所長が知っておきたい:スタッフのコミュニケーション力を伸ばす育成法
- 斉藤永幸
- 3月4日
- 読了時間: 16分

3月に入った今、多くの事務所が確定申告の締め切りである15日に向け忙しい思いをしていることでしょう。お客様の大半を占める税理士事務所が繁忙期のため、私自身は2月はいわば閑散期でした。しかし4月が近づくにつれ、徐々に忙しくなってきます。新入社員研修の依頼がいくつか入っており、毎年この時期くらいから徐々にその準備に追われるようになります。
私自身は税理士事務所で働いたこともありませんし、税務の専門的な知識があるわけでもありません。では新入社員研修で何を教えるのか、というとその多くがコミュニケーションについて、です。
新入社員研修の依頼は以前から受けており、数年前まではビジネスマナーの基礎や情報リテラシー、コンプライアンスなどを教えてくれ、という依頼がほとんどでした。しかしここ数年で”社会人として必要となるコミュニケーション力の基礎”を身につけられるような研修、を依頼されることが増えたのです。
これは大きな変化でしょう。
多くの税理士事務所で、コミュニケーション力のある人材を求めています。しかし採用市場でコミュニケーション力のある人材は希少で、取り合いになります。そのため税務会計の素養のある人材を採用し、研修や社内体制のバックアップでコミュニケーション力を伸ばしていこう、と考える事務所が徐々に増えてきているのです。
ただ、税理士事務所では税務実務などの研修ノウハウは持っていても、コミュニケーションスキル力アップの研修ノウハウなどがないため、声をかけていただける機会が増えているのです。
そこで今回は、スタッフのコミュニケーション力アップについてまとめてみました。
1.なぜ今、スタッフのコミュニケーション力が”所長の経営課題”になっているのか
近年、税理士事務所ではスタッフのコミュニケーション力アップが大きな課題になりつつあります。その理由は大きく分けて3つあります。
・採用難でコミュニケーション力のあるスタッフを採用するのが難しくなった
・お客様の期待が「処理」から「相談」に映っている
・コミュニケーション力が低いことで生産性が上がらない
そもそも税理士事務所は、お客様との間の信頼形成に直結するコミュニケーション力は重要なスキルの一つでした。そのため多くの事務所が、新たに人材を募集する際、コミュニケーション力のある人材の採用を行っていたのです。しかし近年、売り手市場が続き、今後この状況が改善される見込みはありません。そのためすでに、コミュニケーション力のある人材を採用することは厳しい、というのが実情です。
また、お客様のニーズも徐々に変化してきています。
AIや会計ソフトの進化により、”基本的な税務会計処理”であればお客様自身でもそこまで難しくなくなりました。通帳・クレジットカードのデータを連携させ、領収書などはAI-OCRで読み込めば、仕訳などは自動でやってくれて、税理士事務所はそれをチェックするだけになりつつあります。
そのため税理士事務所は経営の相談など、よりお客様とコミュニケーションをとりながらサービスを提供していかなければなりません。月次でお客様先を巡回し、ちょっと会話をしながら資料を集めるだけだった時と比べ、コミュニケーションの”質”が問われるようになってきているのです。
もう一つは、作業効率や生産性を意識する税理士事務所が増えてきたから、です。
少し前までは、効率性などは中規模以上の事務所になった段階で意識することが多かったのですが、近年では労務管理なども基幹システムを導入することで簡単にできるようになりました。そうなってくると、コミュニケーションのつまずきによって生産性が低下していることが明らかになってきました。
ミス、手戻り、残業の多くがコミュニケーション上の”認識のズレ”から発生しているのです。
また所内でのコミュニケーション不足が業務の属人化を招き、お客様先でのトラブルや離職などにつながることもあります。
このようにスタッフのコミュニケーション力向上は、税理士事務所の規模の大小に関わらず、多くの事務所で意識する問題になっているのです。
2.コミュニケーション力が低いことで発生する典型的なつまずき
ただ問題なのは、”税理士事務所で必要なコミュニケーション力”とは何か、というものです。
コミュニケーション力とは非常に漠然とした言葉で、重要なのはその内容です。単に自分の思ったことだけをベラベラ話すことができても、コミュニケーション力が高いとは言えません。そのためまずは、税理士事務所でよくあるコミュニケーションのつまずきを見ていき、それを改善するためにはどのようなコミュニケーション力が必要か、を考えていきましょう。
質問できない(怒られそう・迷惑をかけたくない)
報連相が遅い/抜ける
「わかったつもり」で進めてしまう
顧問先への説明が抽象的で伝わらない
チャット・メールの文章が長い/要点がない
これらは私が、実際に多くの事務所の所長から相談されることです。
スタッフは忙しそうにしている所長やスタッフに質問することはハードルが高いです。結果として判断保留・作業の遅延・誤ったまま進める、という問題が起きます。
また、報連相が遅く、抜けてしまうと、結果として”期限ギリギリの発覚・手戻り・所長の火消し”が増えます。
これが残業を増加させ、生産性を悪化させる原因になっています。
また、お客様とのコミュニケーションがしっかりとれず、顧問先の離脱につながるケースも多いですね。
専門用語をそのまま使ってしまい、お客様から見ると「説明が長い」「何を伝えたいのかわからない」と感じる場面もあります。その結果、お客様の負担が増え、認識のズレや返信の遅延が発生します。
特にお客様とのやり取りが、直接の訪問からZoomなどのオンライン会議やチャットツールなどに移行しているため、文章でのコミュニケーションの質が業務効率に直結するようになり、問題を大きくしています。
3.税理士事務所で求められる“3つの型”
ここまでの内容をまとめると、コミュニケーションの課題によって引き起こされる問題が、多くの税理士事務所で起きていることがわかります。そこで私は、次の3点に絞ってコミュニケーションが円滑になるようなサポートを行っています。
3-①情報整理力-事実と意見を分けて伝える
定義
顧問先や上司に伝える内容を「事実(Fact)」と「意見・判断(Opinion)」に分け、順序立てて説明する力。
なぜ必要か
税務は“事実認定”がすべての出発点。
事実と意見が混ざると、誤解・判断ミス・手戻りが発生しやすい。
顧問先との会話でも「何が起きているのか」が伝わらないと、相談が成立しない。
スタッフの典型的なつまずき
「たぶん」「おそらく」「聞いた気がします」など曖昧な表現が混ざる
結論よりも経緯から話し始める
事実が抜けているのに意見だけ述べる
育成ポイント
まず「事実だけを箇条書きにする」練習をさせる
その後に「自分の判断・意見」を1行でまとめる
メール添削で「事実/判断」を色分けして指導すると効果的
3-② 質問力 — 顧問先の意図・背景を引き出す
定義
顧問先の依頼の“真意”を理解するために、適切な質問を投げかける力。
なぜ必要か
顧問先は「本当に聞きたいこと」を言語化できていないことが多い。
質問力が弱いと、依頼の前提がズレて手戻りが発生する。
経営者の“背景事情”を聞けるスタッフは、信頼されやすい。
スタッフの典型的なつまずき
顧問先の言葉をそのまま受け取り、深掘りしない
「はい/いいえ」で終わる質問しかできない
そもそも“何を聞けばいいか”が分からない
育成ポイント
「目的」「背景」「期限」「前提条件」の4つを必ず確認する習慣をつける
ロープレで“曖昧な依頼”をわざと投げ、質問で整理させる
所長自身が電話対応を“実況解説”しながら見せると理解が早い
3-③ 報連相の設計力 — 何を・いつ・どこまで伝えるかを判断する
定義
上司や顧問先に対して、必要な情報を「適切なタイミング」で「適切な粒度」で伝える力。
なぜ必要か
税務業務は“進捗の透明性”が重要。
報告が遅い・不足していると、所長の判断が遅れ、顧問先対応に支障が出る。
逆に、細かすぎる報告は所長の負担になる。
スタッフの典型的なつまずき
問題が起きてから報告する(事後報告)
「何を報告すべきか」が分からない
相談すべきか、自分で判断すべきかの線引きが曖昧
育成ポイント
「報告すべき3条件」を明確にする
①期限に影響する
②判断が必要
③顧問先に影響が出る
報連相テンプレを渡し、粒度を揃える
所長が“報告の基準”を言語化して共有する
この3つの型は、抽象的なスキルを実務に落とすための土台です。
・情報整理力→正確な伝達
・質問力→お客様の意図をつかむ
・報連相の設計力→仕事の進め方の再現性が上がる
この3つを型として言語化し、”見せる・練習させる・フィードバックする”を繰り返すことで、スタッフのコミュニケーションは確実に伸びます。
“3つの工程”はステップを踏んで導入
ただ、この3つの型は並列ではありません。
①から順番に整えていく必要があります。
最初に情報整理力を高め、まず「何が起きているのか」を正確に把握する必要があります。事実が曖昧なまま質問しても、報連相をしてもズレが生じるため、最初の土台になります。
これがある程度できるようになったら、②の質問力に入ります。事実がそろったうえで、次は「相手が本当に求めていること」を掘り下げる工程になります。お客様の目的・背景・前提条件を確認し、依頼のズレをなくしていきます。
そのうえで、3の報連相の設計力になります。情報と意図がそろったら、そこではじめて次の「何をどう伝えるのか」を設計する工程になります。期限・判断・影響の3条件で報告の精度を高め、進捗の透明性を作っていきます。
<コミュニケーション力を育てる“3つの型”プロセス図>
【STEP1】情報整理力
↓(事実をそろえる)
【STEP2】質問力
↓(意図・背景を引き出す)
【STEP3】報連相の設計力
↓(伝える内容とタイミングを決める)
= お客様とのコミュニケーションが安定する
4.コミュニケーション力を伸ばすために、事務所が整えるべきこと
ここまでのポイントをまとめると、税理士事務所のコミュニケーションの課題は「質問できない」「認識のズレ」「文章の質」の3つに集約されます。そこでここからは、具体的にどのような体制づくり、教育をしていくか、について話していきたいと思います。
私が依頼を受けている場合は、事務所とスタッフを連携し、トータルでサポートしていくのですが、記事の関係上同時に説明するのは難しいので、ここでは”事務所(所長)が整えるべきこと”と”スタッフが習慣化すること”の2つにわけて話を進めていきたいと思います。
まず、事務所が整えるべきこととは”スタッフのコミュニケーション力が向上する環境作り”です。
これまで記事でまとめてきた、心理的安全性や報連相の型の作成・共有、業務の見える化、フィードバックの質の向上などになります。ここではコミュニケーション力向上に絞って、これらについて振り返っていきたいと思います。
心理的安全性をつくる:質問しやすい空気がすべての土台
スタッフが質問できないと、ミス・手戻り・遅延が必ず増えます。心理的安全性は「優しくする」ではなく、質問が業務の一部であると明確に示すことで生まれます。
「30秒迷ったら相談してね」と“基準”を言語化する
忙しくても、質問に対して最初の一言だけは肯定的に返す
「質問してくれて助かるよ」と“質問は歓迎”のメッセージを繰り返す
NG例:「なんでこんなこともわからないの?」(これだけで数週間質問できなくなる)
心理的安全性は、コミュニケーション改善の“入口”として最優先で整える価値があります。
報連相の型を共有する:個人のセンスに任せない
報連相が弱いスタッフは「どう伝えればいいか」を知らないだけのことほとんどです。そこで、型を共有して“再現性”をつくっていきます。
結論 → 理由 → 選択肢 → 相談事項
期限 → 現状 → リスク → 要望
事実 → 解釈 → 次のアクション
型があると、所長の確認時間が減り、スタッフの文章も会話も一気に整理されます。
業務の見える化:コミュニケーション問題の8割は“認識ズレ”から生まれる
コミュニケーションの問題は、実は情報の非対称性が原因であることがほとんどです。
業務フローを図で示す
チェックリストで「どこまでできたか」を共有
タスク管理ツールで期限・担当・進捗を可視化
顧問先ごとのルール・注意点をナレッジ化
業務のどこにポイントがあるのか共有ができているので、見える化が進むと口頭での説明が減り、認識ズレが激減します。最初のうちはフローなどを用いて、見える化を進め、新しくスタッフが入社したらチェックリストなどを用いて研修を行うと、効率的に”見える化”の共有を図ることができます。
認識合わせの習慣化:作業前の3点セットを揃える
「わかったつもり」を防ぐ最も効果的な方法が、作業前の認識合わせです。
目的(何のためにやるのか)
期限(いつまでに必要か)
成果物(どのレベルのアウトプットか)
この3つが揃っていないと、スタッフは“自分の解釈”で進めてしまいます。逆に、3点が揃えば、コミュニケーションの質は劇的に安定します。
ロールプレイ・OJTの仕組み化:実務に近い形で練習する
コミュニケーションは“実践型スキル”なので、座学だけでは伸びません。
顧問先への説明ロールプレイ
チャット文の添削(ビフォーアフターを見せると効果大)
電話対応の練習
先輩が「考え方」を言語化しながら作業するOJT
ポイントは、「やって見せる → 一緒にやる → 一人でやる」の順番を守ることです。
これを繰り返すことで、着実にコミュニケーション力は向上します。
フィードバックの質を上げる:行動ベースで、1つだけ伝える
スタッフが成長しない最大の理由は、フィードバックが抽象的だから。
NG例:「もっとしっかりして」
OK例:「結論を最初に言えると、相手が理解しやすくなるよ」
フィードバックのコツは3つ。
行動ベースで具体的に伝える
改善ポイントは“1つだけ”に絞る
できている点も必ずセットで伝える
これだけで、スタッフの吸収スピードが大きく変わります。
5.スタッフが自走できるコミュニケーション習慣
上記のような環境整備を行った後は、スタッフにコミュニケーション力を高める習慣を身につけてもらう必要があります。
コミュニケーションは座学で研修を聞けば伸びる、というものではありません。自ら実践し、習慣化することで着実に伸びるスキルです。重要なのは継続すること。
まずは数回、所長やマネージャーがやり方を見せた後、月に1回~半年に1回程度の1on1を行い、しっかりと習慣化されているか確認していきます。
📝 毎日の「ミニ振り返り」で思考を整理する
コミュニケーションが弱いスタッフほど、自分の行動を言語化する習慣がありません。1日5分でいいので、次の3点を振り返るだけで、伝える力が急速に伸びる。
今日うまくいったコミュニケーション
うまくいかなかった場面と理由
明日試す改善ポイント(1つだけ)
振り返りは“文章の質”にも直結するため、成長スピードが上がります。最初のうちは日報などでマネジメントしてあげると、習慣化されやすいかもしれません。
💬 チャット・メールのテンプレ化で「伝わる文章」を量産する
文章が長い・要点がないスタッフは、型を持っていないだけ。
次のテンプレを使うだけで、文章の質が安定します。
結論(何をしてほしいか)
背景(なぜ必要か)
期限(いつまでか)
添付・補足(必要なら)
テンプレ化すると、所長の確認負担も減り、スタッフの“文章の迷い”が消えます。
❓ 質問の仕方を習慣化する(前提 → 試したこと → 仮説 → 相談事項)
質問が苦手なスタッフは、「どう聞けばいいか」を知らないだけ。次の4ステップを習慣にすると、質問の質が劇的に上がります。
前提:今どういう状況か
試したこと:自分でやってみたこと
仮説:こうではないか?という考え
相談事項:どこを確認したいか
この型を使うと、所長の回答時間も短縮され、スタッフの思考力も育ちます。
🗂お客様との会話メモを残す習慣
顧問先対応の質は、メモの質で決まります。
事実(相手が言ったこと)
解釈(自分がどう理解したか)
次のアクション(誰が・いつまでに・何をするか)
この3点を残すだけで、報連相の精度が上がり、認識ズレが激減します。
🎯 自分の“苦手パターン”を把握する
コミュニケーションは性格ではなく、パターンの問題。
例:
結論から話せない
質問をためらう
文章が長くなる
顧問先の理解度を読み違える
自分のパターンを知ると、改善ポイントが明確になり、成長が加速します。
スタッフは自分では気づけないことも多いので、まずはこのパターンを例示し、所長やマネージャーから見て「ここがあなたの弱点」と伝え、そこを意識するようにサポートしてあげると効果的です。
🔄 小さな「認識合わせ」を自分から取りに行く
自走できるスタッフは、指示を受けた後に必ず確認します。
目的
期限
成果物のイメージ
優先順位
これを“自分から”確認する習慣がつくと、ミス・手戻りがほぼゼロになります。
6.まとめ:コミュニケーション力は「育成」と「仕組み」で伸ばせる
多くの事務所が誤解しているのが、コミュニケーション力は性格などと同じように、本人の資質に依存するものである、ということ。もちろん本人の資質によるところも大きいのですが、重要なのはビジネス上のコミュニケーション力は”育成と仕組み”で確実に伸ばすことができるスキルである、という視点です。
所長が環境を整え、型を共有し、小さな改善を積み重ねることで、事務所全体の生産性とお客様の満足度が大きく変わります。
特に組織化が進んでいない事務所では、コミュニケーションの課題は本人の性格や能力ではなく、質問しづらい空気・曖昧な指示・属人的なやり方といった環境要因で生まれることがほとんどです。
そのため最初に取り組むべきは、「質問しやすい環境作り」と「型の共有」です。
この2つが整うだけで、所長の負担は大幅に減り、スタッフの成長スピードが上がります。
そこから小さな改善を繰り返していきます。
コミュニケーション力は、研修を受ければすぐに高めることができる、といったものではありません。派手な改善ではなく、日々の小さな習慣の積み重ねで成果が出ます。
顧問先とのやり取りがスムーズになる
認識ズレが減り、作業効率が上がる
スタッフが自信を持ち、離職率が下がる
所長が“火消し”に追われなくなる
結果として、事務所全体の雰囲気が良くなり、顧問先からの信頼も高まります。
ただ、「実際にどこから手を付ければいいのか」「うちの事務所では何が問題なのか」が見えづらいことも多いものです。
もし、
スタッフの報連相が安定しない
認識ズレや手戻りが繰り返される
顧問先対応の質を底上げしたい
教育に時間を割けず、育成が属人化している
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