「うちの事務所、なんで辞めるんだ?」その答えはスタッフの“困りごと”にあります
- 斉藤永幸
- 6 日前
- 読了時間: 10分

所長とスタッフの”見えている困りごとは違う”
所長は日々、事務所の経営に頭を悩ませています。どのようなお客様にアプローチをして、どのように売り上げを上げていくか、それでスタッフの給与を支払っているのですから、これらの悩みは当然です。
一方、税理士事務所で働くスタッフが考えていることは、また違います。日々の中で向き合うお客様に対し、どのように説明をすればいいのか。この業務がなかなか進まない、どうしたらいいのか。この先、今のキャリアで大丈夫なのか。もしかしたら自分の評価は低いのではないだろうか。そんな「日々の不安」を抱えながら、仕事に取り組んでいるのです。
つまり、税理士事務所は所長とスタッフで「見えている世界が違う」のです。立場が違えば考え方も違う、それぞれが役割をこなしながら、事務所が運営されているのです。だからといってお互いのことを理解しなければ、スタッフはどんどん不安・不満を溜め込んでいき、ある日「退職します」となってしまいます。
これを防ぐには、所長がまず「何が見えていないのか」を知ることが第一歩です。
もし以下のようなことに心当たりがあれば、まずは所長自らチェックしてみましょう。
「スタッフが辞める理由が分からない」
「採用してもすぐ辞めてしまう」
「最近、事務所の雰囲気が重い」
一つでもあてはまったら、それはスタッフの”困りごと”が蓄積していることが原因かもしれません。
スタッフが本当に抱えている5つの困りごと
私はこれまで1000近くの税理士事務所を見てきて、様々なスタッフの話を聞く機会も多かったです。そこでの話などから、スタッフが普段、どんな不安や困りごとを抱えているのか。現場でよく聞く声を5つに整理しました。

①判断基準があいまいで生まれる困りごと
・どこまで調べるべきか
・どこで所長に話を聞くべきか
・どこまで自分で判断していいのか
所長からすれば、すぐに聞いてくれればいいのに、と思うかもしれません。しかしスタッフからすると、忙しそうにしている所長に「こんなくだらないことを質問していいのだろうか」とまたここで迷いが生じてしまうのです。以前訪問した事務所では、新人スタッフが2~3時間も一つのことを調べ続け、どこまで調べればいいか悩んでいた、ということもありました。
判断に迷うのは基準があいまいであるためです。あいまいさは時に人間関係を潤滑にするために必要ですが、こうした業務上での迷いを生み、それがミスとストレスを生む原因ともなっています。
②教わる時間がないのに「できて当然」という困りごと
・所長も先輩も忙しい
・でも「なんでできないの?」と言われる
・経験が浅い人ほど、質問しづらい環境になりがち
決まった教育の仕組みなどがなく、仕事はやりながらおぼえろ、というパターンの事務所のスタッフに多い「困りごと」です。わからないことがあれば聞いてね、と言いつつ皆が忙しそうにしている。そして質問すれば「これくらいできて当然でしょ」のような返事が返ってくる。
経験の浅い人なら委縮してしまいます。また、実務経験があっても、事務所を移ったばかりの時は仕事の進め方やシステムの違いで戸惑うことも多いのです。しかし経験者採用は即戦力で当たり前、と事務所は期待してしまいます。そのため「これくらいできて当然」と考え、それがスタッフの不安の原因となっています。
③”業務の全体像”が見えないことによる困りごと
・目の前の作業はできるが、全体の流れがわからない
・だから応用がきかない
・仕事が作業化して、成長実感が持てない
これはスタッフの負担が大きい事務所で起こりがちなパターンです。
目の前の作業に追われてしまい、それ以外に目が向かない。黙々と仕事と向き合っているので所長はまじめなスタッフだな、と評価していたらいきなり「退職届」を突き付けられる、といったことが起こります。特に将来性やキャリアパスに対しての不安が大きく、事務所としてはそれにこたえていく必要がありますね。
④ミスが言いづらい環境がつくる困りごと
・怒られる
・雰囲気が悪くなる
・「またか」と思われる
近年、こうした事務所は減りつつありますが、税理士事務所はパワハラなどが起こりやすい構造的な問題を抱えている事務所もまだまだあります。これは税理士事務所に限ったことではありませんが、2025年の調査結果によると、職場ハラスメントの被害経験あり、と答えた人が55.1%にも上っています。そして職場ハラスメントによる退職・退職検討経験あり、と答えた人は82.2%にもなるのです。厚生労働省の調査だけでなく、複数の統計でも同様の傾向が見られます。
所長とスタッフは対等ではありません。所長はちょっとした注意のつもりが、スタッフにとっては「怒られた」と感じることも多いのです。その結果、ミスが隠されてしまい報告が遅れ、気づいたときには問題が大きくなっていた、というリスクもあります。
⑤評価の基準が不透明なことによる困りごと
・何を頑張れば評価されるのか不明
・「頑張っても変わらない」と感じる
・モチベーションの下がる最大要因
小規模な税理士事務所の多くが、しっかりとした評価基準を設けていません。スタッフの評価は所長が独断で決めているところも多いでしょう。そうした事務所では、スタッフが将来のキャリアパスを描きにくくなります。
その結果、漠然とした不安を抱えながら仕事を続けることで徐々にモチベーションが失われていく状態に陥ってしまいます。
なぜ所長はスタッフの困りごとに気づけないのか(構造的な理由とは)
所長とスタッフの間で起きる意識の差、なぜこうしたことが起きるのでしょうか。それを所長個人の責任として押し付けるには無理があります。税理士事務所には構造的に意識のギャップが起きやすい環境なのです。
原因としては、以下のようなものが考えられます。
・所長は”できる人”なので、つまづきポイントを忘れている
税理士事務所の所長は、税務の専門家としてだけでなくビジネスパーソンとしても「できる人」に位置づけられる人が多いですね。若いころからキャリアをしっかり設計し、それに沿ってノウハウを身につけ独立・開業した結果、所長として事務所を運営している、というパターンも多いのです。
そのため所長は若いころスタッフとして働いたとしても、そこまで大きな躓きや悩みを経ることなく、ある程度の成功を収めてしまうことも多いのです。そのためスタッフがどこにつまづいているのか理解できない、ということも起きてしまいがちです。
・忙しすぎてスタッフの声を拾う余裕がない
ある程度の規模になると、所長は事務所の運営や所内整備が仕事の中心となります。しかし個人事務所~小規模の事務所では、所長自身もプレイヤーとマネジメントを兼ねなければいけません。そして所長は事務所を運営するため、より営業面に力を入れがちになりやすいのです。
その結果、所長自身が忙しくなりすぎて、スタッフとコミュニケーションをとる時間や余裕がなくなってしまいがちなのです。
・スタッフが”言わない”ので、問題が表面化しない
フィードバックの文化が根付いていない事務所では、事務所内のディスコミュニケーションが問題をより深刻にします。一見、報連相などはしっかり行われていても、悩みなどは相談できない、という環境になっていないでしょうか?
他業界と比べても、税理士事務所のスタッフはまじめな人が多い分、うちに不満やストレス、悩みを抱え込みやすいのです。
・「前はもっと厳しかった」という過去基準が残っている
これは非常に深刻です。開業が10年以内の事務所だと比較的今の状況に近いのですが、10年以上前に開業した事務所は、過去を基準に事務所が設計されていることも良くあります。
10年以上前は、残業は当たりまえ、仕事は見て覚えろ、わからなければ自分で調べろ、というのが税理士事務所で共通の価値観でした。
しかし近年の人手不足などもあり、徐々に職場環境は改善されています。常にアップデートを心がけないと、あっという間に時代遅れになってしまっている、ということもよくあるのです。
このように、税理士事務所の所長が”気づけない”のは、能力が不足しているからや、悪意があって無視する、というものではありません。構造的に税理士事務所の所長とスタッフは意識が分断されやすい、ということを前提に問題の解消法を探っていく必要があるのです。
解決編:明日からできる”困りごと”の減らし方
こうした不安や”困りごと”は蓄積していきます。少しずつ積もっていき、それがいつか爆発します。いきなりの退職や問題行動、精神的なトラブル、いずれも税理士事務所に多大なダメージを与えます。
しかし、ちょっとずつでもケアをしていけば、スタッフの困りごとの蓄積を防ぎ、それどころかプラスに変えることもできるのです。その方法は意外と簡単です。
そこで<解決編>として、私がよく提案するものを見ていきましょう。
・判断基準の言語化
調べるのはここまで、迷ったらここで相談、など判断基準をしっかり言葉で伝えるようにしてください。無言の了解が通用するのは、何年も経験を共有した間柄の人たちだけで通じること。入社してすぐのスタッフはもちろん、数年のスタッフでもじつは判断基準で迷っている、ということはよく起きています。
・1日10分のミニレクチャーを習慣化
所長が自ら、その時期のテーマや世の中の気になるトピックをレクチャー。ちょっとした時間でも、教育に携わることで、所長との距離感が近くなり、質問などもしやすくなると同時に、価値観の共有も図れます。ミニレクチャーは朝礼前の1日5~10分でもできるので、すぐに取り組むことができるというのがメリットです。
・業務の全体像を共有する
お客様に説明するのと同じような、業務の流れをスタッフ向けに行います。フローチャートなどを用いて視覚的に訴えかけると効果が高いですね。これを行うことで自分の存在意義や仕事の動機付けにもなります。
・ミスを責めない文化をつくる
怠慢によるミスでなければ責めない、という文化を作っていくと事務所の雰囲気が急速に良くなります。ミスが起きたら個人の責任ではなく、なぜミスがおきるのか、負担が過重になっていたのか、それともフローに問題があったのか、個人ではなく原因をしっかり見定める文化を定着させていきましょう。
・評価基準を見える化する
評価基準を作成し、どんな姿勢で仕事に臨めば、事務所として評価するのか、という判断を明確にします。特に行動ベースで示すと、スタッフは非常に動きやすくなりますね。
職員の困りごとを知ることが、事務所成長の第一歩
スタッフの困りごとは、その人特有のものではありません。同じ状況になれば、皆が同じような問題で困り、そこで躓いてしまいます。つまり「困りごと=事務所のボトルネック」なのです。これはどこの事務所にも共通する”構造的な真実”です。それを解消できるのは所長だけです。その解消は、日々の小さな積み重ねです。この小さな改善が離職防止や生産性向上につながります。
まずはスタッフがどんなことに困っているのか、そこに「気づくこと」からすべてが始まります。
この記事をお読みいただいた税理士事務所の所長は、ちょっと立ち止まってスタッフが困っていないか、様子を見てみてはいかがでしょうか。
TaxOffice-Supportでは、こうした事務所でのコミュニケーション支援を得意としております。実際にこの「困りごと」に気づかず、何度もスタッフを雇っては離職していた、そんな事務所で先ほどの解決策を実施したところ、それ以来離職率が大幅に減少した、ということもありました。
スタッフの困りごとに気づける所長は、強い事務所を作ることができるのです。
うちの事務所は皆暗い顔をして働いている。そんな違和感を感じたら、それは小さなSOSサインです。一度、第三者の視点で事務所の状況を整理してみませんか。TaxOffice-Supportでは、事務所のコミュニケーション改善をサポートしています。まずは無料相談からお問い合わせください。
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