標準化には“限界”がある──税理士事務所が陥りがちな落とし穴とは
- 斉藤永幸
- 6 日前
- 読了時間: 11分

私は税理士事務所の経営改善などを専門にしていますが、それが仕事のすべてではありません。時に、税理士事務所からの紹介などで一般企業の採用支援などを行うこともあります。これは、そんな支援の中で出会った、ある流通企業の事例です。
業界でも名の通ったその企業は、大きな物流センターを備えており、そこのスタッフを募集するというので1日ほど現場に張り付き働き方を観察させていただきました。
そこで興味を引いたのが、標準化が非常に進んでいる、ということです。
数多くのアルバイトや派遣スタッフが働いており、数日間だけ勤務する、という人も大勢います。常に未経験のスタッフが多くの現場に何人も存在する状態なのです。そのため「何を、どう教え、どんな仕事をどうやってやらせるのか」といったものがきっちり固まっていたのです。さらに話を聞くと、この標準化は日々アップデートを重ねており、標準化の仕組みづくりこそ社員の仕事になっていたのです。
こうした話を聞き、どうしても税理士事務所と比べてしまいました。多くの税理士事務所では属人化に悩んでいる一方で、スタッフは専門知識を持って働くことが前提となっています。
その状況は正反対、対照的といっても良いでしょう。
この企業のすごさを実感するとともに、税理士事務所でこれをそのまま導入したら、良さをなくしてしまうな、とも感じました。これまで税理士事務所の属人化に対し、標準化を進めるべきだと考えてきましたが、そこにも限界があると感じたのです。事務所の業務、すべて標準化してしまうと、その事務所が持つ可能性すら消してしまうことになるのです。
そこで今回は、標準化はどこまで進めるべきか、その限界についてまとめていきたいと思います。
1. 標準化は“下限”を揃えるための仕組み
どこまで標準化するのか、ということを考えるうえで前提となるのが、そもそもの”目的”です。標準化の目的とは何でしょうか。それはスタッフ全員を「同じレベルの判断者」にすることではありません。むしろ、最低限の品質ライン(下限)を揃えることにあります。
ミスを防ぐ
手戻りを減らす
引き継ぎを容易にする
新人教育を効率化する
これらは標準化の恩恵であり、組織としての安定性を支えるものです。
そのため未経験の新入社員が入社した際などには、標準化されている職場は非常に力を発揮します。新入社員の不安を解消し、早期の”戦力化”を実現することができるのです。同時に、新規顧客獲得などでは、自分たちの”標準的なサービス”をしっかりお客様に伝えることができるようになるので、競争力が高まります。
すでに在籍しているスタッフも、作業に迷いがなくなり、ミスを減らすことができ、スムーズに連携できるため生産性は高まります。
こうした標準化の特性は、先ほどの例として挙げた物流センターの倉庫業などでは、非常に大きな力を発揮します。日々、未経験の人が業務に加わる環境で、最低限の品質を保証しなければ顧客を獲得することができません。だからこそ正社員の仕事=標準化、という図式が成り立つのでしょう。
これだけのプラス要素がある標準化ですが、“万能薬”ではありません。標準化は誰でもできるようにするための仕組みであり、判断力を育てる仕組みではないのです。それどころか標準化が行き過ぎると、別の問題が生まれてしまいます。
次に、標準化を進めすぎるとどのような問題が起きるのか、についてみていきましょう。
2. 標準化の副作用──思考停止と創造性の喪失
標準化とは、ある意味”ルール化”です。このルールは厳格に整備を進めるほど、スタッフは「決められた通りにやる」ことに慣れていってしまいます。
ルールを確実に守る、これは一見良いように見えるが、次のような副作用が起きやすくなります。
判断力が育たない
顧客ごとの微妙な違いに気づけなくなる
“例外処理”に弱くなる
現場の工夫が消える
標準化の維持コストが増える
特に税務・会計の世界では、顧客の状況は千差万別です。あるお客様には有効なことでも、あるお客様にはまったく効果がない、ということも。
「例外が多い業務」を無理に標準化しようとすると、かえって現場が混乱してしまいます。
また、標準化は自由裁量とは正反対です。
能力が高く、経験が豊富な人材は、厳格に管理されているより自由な環境でこそ力を発揮します。そのため行き過ぎた標準化は能力のある人材が多い環境では、プラスではなくマイナスに働いてしまうことがあるのです。
問題は”行き過ぎた”環境下どうか、ということ。
だからこそ”どこまで標準化すべきか”、この線引きが重要になってきます。
3. どこまで標準化すべきか──線引きの基準
例に挙げた倉庫での業務は、優先順位をつけ明確な線引きを行っていました。
最優先が”安全”、次が”品質”、最後が”作業効率”です。
安全については最優先で標準化が行われ、ちょっとした問題でもすぐに報告されトップダウンの下、最優先で標準化されます。
次に品質です。どんな手順で作業をすれば、経験のない人でも最低限の品質を担保できるか、ここが現場の社員が標準化を行っている部分でした。
最後の作業効率は、ここは標準化するかどうかは現場の判断に任されていました。作業を早くするノウハウは共有されるのですが、それを導入し標準化するかはそれぞれの『現場』に任されていたのです。こうした明確な線引きがあるからこそ、PDCAが回され、企業全体でより適した形で標準化が浸透していったのです。
この優先順位の考え方は、税理士事務所でも応用できます。
それを元に、標準化の線引きは次の基準で考えると整理してみると良いのではないでしょうか。
● 標準化すべき領域(再現性が必要な部分)
ミスが許されない作業
誰がやっても同じで良い作業
判断を伴わない作業
新人教育に必要な基礎作業
手順化・チェックリスト化で品質が安定する作業
例:資料収集、入力、定型チェック、月次の基本フローなど。
● 標準化してはいけない領域(価値が生まれる部分)
顧客の状況を踏まえた判断
コミュニケーションの取り方
提案内容の組み立て
例外処理の判断
顧客の“違和感”を拾う感性
ここに挙げたのは一つの例ですが、いわゆる”作業”と”付加価値”という視点で線引きしてみました。つまり毎回行わなければいけない、再現性が求められる部分は標準化は必須です。誰がやっても同じクオリティが必要になってくる部分です。
逆に、付加価値の部分についてはその人ならでは、というものが必要になってきます。同じ言葉でも「誰が言ったか」によって説得力が変わるように、ここを無理に標準化すると無理がかかり、事務所としての強みが失われてしまうのです。
こうした部分では、能力のあるスタッフは自由裁量を認めた方がストレスもかかりませんし、能力を発揮することが可能となるのです。
4. 自由裁量を認めるための“枠”をつくる
標準化を進める一方で、現場にはどうしても判断が必要な場面が存在します。しかし「自由裁量を認める」と言っても、完全な自由放任では組織は機能しません。放任してしまえば属人性はどんどん拡大していきます。スタッフの帰属意識は薄れ、離職が増え、ガバメントが効かなくなりサービスの質は低下。マイナス面だけが強く表れてしまうのです。
大切なのは、スタッフが安心して判断できる“枠”を用意することです。
この“枠”とは、自由を制限するためのものではなく、むしろ判断の土台を整えるための仕組みです。枠があるからこそ、スタッフは迷わず動けるし、責任の所在も明確になります。
では、その枠とは具体的にどのようなものでしょうか。
● 判断基準(優先順位・リスクレベル)を示す
判断が必要な場面では、何を優先し、どこにリスクがあるのかが分からないと動けません。「この種類の問い合わせは最優先」「この金額以上の判断は慎重に」など、優先順位とリスクの基準を示すことで、スタッフは迷いなく判断できるようになります。
● 例外処理の原則を決めておく
標準化が進んだ現場ほど、例外対応が価値を生みます。ただし例外処理は属人的になりやすいため、「例外はこの順番で検討する」「この条件に当てはまる場合は相談する」など、例外処理の原則を決めておくことが重要だ。
● 相談ラインを明確にする
自由裁量を認めると言っても、すべてを一人で抱える必要はありません。「このレベルの判断はリーダーへ」「この種類の案件は所長へ」など、相談すべき相手とタイミングを明確にしておくことで、スタッフは安心して判断し、必要なときに適切にエスカレーションできます。
● 最低限守るべきルールを設定する
自由裁量の範囲が広がるほど、最低限のルールが重要になります。これは「自由の制限」ではなく、組織としての一貫性を保つための基盤です。例えば「顧客への返信は24時間以内」「記録は必ず残す」など、守るべきラインを明確にしておくことで、判断の自由度と組織の安定性が両立できます。
● 裁量を発揮して良い範囲を明示する
スタッフが最も困るのは、「どこまで自分で判断していいのか分からない」状態です。そこで、「この範囲は自由に判断して良い」「この部分は必ず確認する」など、裁量の範囲を明確に示すことで、スタッフは自信を持って動けるようになります。
こうした“枠”が整っている組織では、スタッフは安心して判断することができます。自由裁量は放任ではなく、枠の中で最大限の力を発揮してもらうための仕組みなのです。標準化と属人性のバランスを取るうえで、この枠づくりは欠かせない要素となります。
“枠”があることで安心して動ける理由
【枠がある】
↓
判断の迷いが減る
↓
相談のタイミングが明確
↓
裁量を発揮しやすい
↓
組織としての品質が安定
5. 標準化と属人性の“ちょうどいいバランス”
標準化を進めると、業務の下限は確実に引き上がります。誰が担当しても一定の品質が担保され、ミスも減り、教育も効率化されます。ほとんどの事務所では、いかに標準化を進めるか、が大きな課題でしょう。
しかし、標準化だけでは組織は成長しません。むしろ、標準化が強くなればなるほど、属人的な力が組織の上限を決めるようになってしまいます。組織が成長するためには、この二つの力が車の両輪のように機能する必要があるのです。
標準化:下限を揃えるための仕組み
属人性:上限を伸ばすための力
標準化は、完成した瞬間に古くなっていきます。現場は常に変化し、顧客の状況も、スタッフのスキルも、使うツールも変わっていきます。だからこそ、現場の属人的な工夫や気づきを吸い上げ、標準化を更新し続けることが欠かせません。
一方、属人性もすべて排除すべきものではありません。問題なのは属人化した部分を放置してしまうことで、むしろ組織にとっての“宝”になります。属人的な部分を再現可能な知恵として取り込むことで、組織の資産に変えることができるのです。
たとえば、あるスタッフが独自に工夫していたチェック方法や、顧客とのコミュニケーションで生まれた気づきが、次の標準化の材料になることは少なくありません。
つまり、標準化と属人性は対立する概念ではなく、標準化は属人性を吸収し、属人性は標準化を進化させるという循環が理想です。
この循環が回り始めた組織は、下限が安定しながら、上限が伸び続ける。そして、スタッフ一人ひとりの成長が、そのまま組織全体の成長につながっていきます。

まとめ:標準化は”成長の土台”になる
標準化は”どこまでやるか”が難しいテーマです。
しかし本質は、揃えるべき部分と伸ばすべき部分を分けることにあります。
標準化は、業務の下限を揃えるための仕組み
属人性は、組織の上限を伸ばすための力
組織はこの両輪で成長する
標準化は、完成ではなく“更新し続けるプロセス”
属人性は、再現可能な知恵として組織の資産になる
この視点を持つことで、標準化は「窮屈な仕組み」ではなく、事務所の成長を支える“柔軟な土台”へと変わっていきます。
この窮屈さからの脱却が、標準化を進める大きな要素です。
多くの事務所で標準化が進まない理由は、今活躍しているスタッフから反対、などが大きいのではないでしょうか。これまで自由にやってきたことに対して、新たなルールを設けられたら、誰もが窮屈に感じてしまうものです。
しかし、しっかりと標準化の意味、目的、効果を説明し、納得させる必要があります。なぜなら標準化して取り込むべき属人性は、現場で活躍している彼らが持つものだからです。
ただ、実際はこのバランスをとるのはかなり難しいですね。
実際の現場を見ながら、少しずつ進めることで、はじめて”事務所にとっての最適”を見つけることができます。
そのためここからはそれぞれの所長が意識をもって取り組んでいただくか、個別相談で状況を詳しくお聞きしないといけません。
標準化は一気に完成させるものではなく、事務所ごとに“最適解”が異なります。
「うちの事務所では、どこまで標準化すべきか?」
「属人化が進みすぎていて、どこから手をつければいいか分からない」
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