新卒採用は税理士事務所をアップデートさせる取り組みである~税理士事務所が新卒採用を成功させるための条件~
- 斉藤永幸
- 4月4日
- 読了時間: 15分

4月になると、多くの企業で入社式が行われ、その様子がニュースやSNSで賑わいます。税理士業界でも、中堅規模の事務所を中心に新卒職員を迎えた投稿が増えています。
しかし、実際には 多くの中小税理士事務所では新卒採用がほとんど行われていません。
この業界は長年、中途の経験者採用が中心で、未経験者を採用する場合でも 税理士試験の科目合格者に限定する事務所が多いのが現状です。背景には、教育体制が整っておらず、教育コストのかからない“即戦力”を求めてきた歴史があります。
ところが、この構造こそが 業界全体の人手不足を加速させている要因でもあります。
税理士業界の人手不足を生む主な要因
税理士試験の受験者数が激減 (平成17年度 56,000人 → 令和2年度 26,000人)
業界の高齢化と世代交代の停滞 (登録税理士の年齢構成:50代以上が約7割、20〜30代は1割未満)
社会のニーズ多様化による業務量の増加
繁忙期の長時間労働
給与水準の低さ
デジタル対応の遅れ
事務所数の増加による人材の分散
これだけの不安材料が揃えば、若い人材が業界に魅力を感じにくいのは当然です。さらに、新卒採用を行う事務所が少ないため、興味を持つ学生にとっても 「入りづらい業界」 になってしまっています。
それでも、新卒採用に踏み出す事務所が増え始めています。
最近では、「今年は間に合わないけれど、来年から新卒採用に取り組みたい」という相談が増えてきました。
新卒採用は、単なる“人手の確保”ではありません。教育体制の整備、業務の標準化、働き方の見直しなど、事務所の仕組みづくりを促す大きなきっかけになります。
そこで今回は、税理士事務所が新卒を採用するために、どんな準備や取り組みが必要なのかを具体的に整理していきます。
1.なぜ今「新卒採用」が注目されているのか
いつかは新卒を採用したい。
そんな考えを持っている税理士事務所の所長は多いでしょう。
新卒採用のスタッフは、”一から育てる”ことになる、いわば”生え抜き”です。事務所をかまえ、一国一城の主となったからには、ゼロから育て、一人前にし、事務所の将来を担ってもらえる人材になってもらいたい。そう思うのが当然です。
ただ、近年新卒採用が注目されているのは、もっと切実な理由があります。それが「人手不足」です。中途採用の難易度が過去最高レベルに達しています。以前のように、コストをかければ採用できる、というものではなくなりました。その結果、新卒でもいいから人手が欲しい、という事務所が増えているのです。
また、若手不足による組織の高齢化という問題を抱えた事務所も増えてきました。
現在、税理士業界全体が高齢化しており、税理士登録している人の過半数が60代以上。20~30代がわずか11%です。所長が若いころに採用した人も、所長が年を重ねるにつれ高齢化。今では40代以上しか在籍していない事務所も珍しくなく、中には50代以上しかいないという事務所も。事務所を継続していくためには、若手の人材採用ができない、ということは差し迫った”事務所存亡の危機”となっているところも増えているのです。
ただ、税務会計業界では、業界全体で新卒採用がほとんど行なわれてきませんでした。それが問題に拍車をかけています。新規人材が入らず人手不足が慢性化しているのです。
未経験採用は科目合格者に限定されがちで、学生にとっては敷居の高い業界になっています。
もちろん中小の税理士事務所が新卒採用に踏み切れないのには理由があります。
・教育コスト
・離職コスト
・確定申告の繁忙期が新卒受け入れ準備時期と重なる
つまり税理士事務所が新卒採用に踏み切れなかったのには、構造的な問題も大きいのです。
<知っておきたいトレンド情報>
近年、この業界でもAIを導入する事務所が増えてきました。そしてそのような事務所は新卒採用に積極的に取り組んでいます。
「AIを導入できるのは経営に余裕があるから、新卒採用もできるんだろう」。
そう考える方もおられるかもしれませんが、それ以外に理由があります。それはAI時代は”新卒を育てられる事務所ほど強くなる”からです。
これはAIを導入した一般企業でも起きている現象です。
・AIが作業を代替
・人間に求められるのは判断・提案
・それを身につけられるのは”育てられる若手”
AIがこれからどんどん広まる時代、「作業ができる人」より「考えられる人」「判断できる人」が価値を持つ時代になりつつあるのです。そして、判断力・コミュニケーションは経験と育成によってしか身に付きません。
だからこそ「育てられる若手」=未来の戦力という価値が上がっているのです。
ここに新卒の優位性があります。
・新しいツールに抵抗感がない
・学習コストが低い
・組織文化になじみやすい
つまり、新卒はAI時代に適用しやすい人材なのです。
AIが進化するほど、人がやるべき仕事、人にしかできない価値が明確になります。その価値を発揮できるのは、しっかりと育てられた若手だけです。つまり、新卒採用に積極的で、育てられる企業・事務所は長期的に強くなるのです。
これを理解している企業・事務所ほど、新卒採用に積極的になりつつあるのです。
2.税理士事務所が新卒採用でつまづく4つの壁
新卒採用に興味のある事務所が多くなりつつありますが、実際に新卒を採用しようとすると様々な問題が立ちふさがります。その結果、新卒採用が進まず、業界に若い人材が入りにくくなってしまっています。
ではこの「税理士事務所で新卒採用を阻む壁」とはどのようなものでしょうか。
①確定申告の繁忙期で受け入れ体制が整わない
新卒が入社するのは4月。
中途入社と異なり、すべての面倒を事務所が見なければいけません。教育を行い、デスク周りの環境を整え、どういった業務をどの順番で任せるのか。事前の準備が非常に重要になってきます。
この準備を行うべき時期が問題です。そう、確定申告時期の真っ最中の2~3月になるのです。この時期は多くの事務所で、受け入れ態勢準備どころではありません。結果、様々な準備が後回しになり、4月に間に合わなくなってしまうのです。
→新卒採用には”繁忙期の負担軽減”が前提条件
②教育・育成の仕組みが弱い
中小税理士事務所の多くが担当制を採用しています。
一人の担当者がお客様のすべてを見る。そのような状況では、属人化が進みやすく、育成などの体制が整っていない事務所も多いのです。
結果、教育といってもOJT任せ。マニュアルなどが不足し、判断は所長にすべて集約されている、ということが多いのです。
③中途と同じ感覚で採用活動をしてしまう
新卒と中途では、募集の仕方はまったく違います。
そもそも使う媒体も異なり、必要となる情報も異なっています。
中途で使ってきた業界特化型の採用媒体の多くは、新卒募集には向きません。逆に大手の中途採用媒体は新卒募集の媒体も併設していることが多いのですが、こちらも別扱いとしているところが多いです。
また、中途は”必要な時”に募集を行いますが、新卒は”年間スケジュール”が決まっていて、思いついたからやる、ではタイミングを逃してしまいがちです。
また、中途募集では給与などの条件や具体的なキャリアパスが重要になってきますが、学生は成長環境や雰囲気を重視します。
こうしたことを知らないと、いくら募集を行っても応募が集まらない、といったことになりかねません。
→中途採用の延長線では、新卒採用は戦えない
④業界として”新卒を育てる”文化が弱い
根本的な壁として、そもそも業界として新卒採用の歴史が浅い、という弱点があります。
どういった学生を採用し、どうやって育成したら良い人材になるのか。
こうしたノウハウを業界全体として蓄積できていないのです。
そもそも未経験者採用=科目合格者、が前提という空気があります。
その結果、経験も、資格も、知識もあまりない学生からすると「入りにくい業界」となってしまっています。
→結果として若手が入らず、人手不足が加速
3.新卒採用で結果を出している事務所の共通点
このように、税理士事務所が新卒を採用するには様々なハードルがあります。しかし中には新卒を採用し、しっかりと事務所の運営に成功しているところもあります。
では新卒採用で結果を出している事務所には、どのような共通点があるのでしょうか。
①確定申告の負担を軽減できている
新卒採用と確定申告の負担軽減は、ある意味セットといえるでしょう。
では、確定申告の負担軽減をどのように実現しているのか、それが重要です。
・業務の標準化
・チーム制
・AI/ITの活用
こうしたものは、繁忙期の負担軽減にはかなり効果があります。
→新卒採用は”繁忙期改革”とセット
②育成の仕組みがある
新卒は採用すれば良い、というものではありません。
しっかり一人前のスタッフにするためには育成の仕組みは欠かせません。
特に以下のような仕組みがある事務所は、新卒採用でも”強い”ですね。
・1年目のカリキュラム
・教育担当の配置
・チェックリスト、マニュアル
新卒採用で結果を出している事務所は、これらを毎年のように改善し続けることで、ノウハウを蓄積し、それをさらに中途採用などのオンボーディングなどに活用しています。
③新卒採用のノウハウを理解している
中途採用と新卒採用では、仕組みもターゲッティングも、訴求効果の設計もまったく異なります。
中途採用で培ったノウハウはほとんど通じません。
そのため新卒採用で結果を出す事務所は、それ相応のノウハウを持っています。
・媒体の特性を理解している(マイナビ転職とマイナビ2027の違い、など)
・学生向けの説明資料を別途準備
・インターンや説明会の設計
・学校との連携
→新卒採用は事務所の”広報力”が問われる
④所内の整備を進める意思がある
新卒採用は様々な準備が必要です。
これまで新卒を採用してこなかった事務所が新卒採用で成功するためには、所内を大きく整備・改革する必要があります。
「これまでと同じでいいや」「問題が起きたらその時対応すればよい」では通用しません。
・評価制度
・キャリアパス
・コミュニケーションの仕組み
これらを見直し、整備する”意思”を持つ事務所でなければなりません。
→新卒採用は事務所を進化させるプロジェクト
4.新卒採用を始める前に整えるべき5つの準備
ではここからは、新卒採用を行いたい事務所はどのような準備をするべきか、について考えていきたいと思います。
全てできれば良いのですが、完璧にやろうと思ったら腰を据えて時間をかけて取り組まなければいけないものばかり。まずは①~③の、繁忙期対策、受け入れ体制と1年目のカリキュラムの作成ができれば、新卒採用自体は始めることができます。そこから新卒採用を効果的に行うために、④新卒向け広報の整備、⑤評価制度の見直し、と順次取り組んでいくと良いでしょう。
STEP1:繁忙期の負担軽減(業務改善・IT導入)
STEP2:受け入れ体制(教育担当・チーム制)
STEP3:1年目育成カリキュラム
----------------------------------(ここから新卒採用が始められる)
STEP4:新卒向け採用広報(HP・SNS・説明会資料)
STEP5:評価制度の見直し(成長を評価できるか)
①確定申告業務の負担軽減(業務改善・IT導入)
新卒受け入れの最大の敵は、言うまでもなく「繁忙期」。2〜3月に余裕がないと、受け入れ準備が止まり、4月の入社に間に合いません。
だからこそ、新卒採用を考えるならまず繁忙期改革から着手する必要があります。
具体策
業務フローの棚卸し
仕訳・チェックの自動化(AI・クラウド会計)
チーム制での分散処理
早期着手の仕組み(11月〜1月の前倒し)
顧客への提出期限の明確化
→ 新卒採用は“繁忙期改革”とセットで考えるべき。
② 受け入れ体制(教育担当・チーム制)
新卒採用が失敗する最大の理由は、「誰が育てるのか」が曖昧なまま採用してしまうこと。
新卒は、経験者のように“勝手に育つ”ことはありません。育成の責任者と仕組みを明確にすることが必須です。
具体策
新人教育担当(メンター)を1名決める
チーム制で新人を囲い込む(属人化を防ぐ)
毎週の1on1や振り返りの仕組み
相談しやすい心理的安全性の確保
→ “人”と“仕組み”の両方が必要。
③ 1年目育成カリキュラムの作成
新卒は「何をどの順番で学ぶか」が見えないと迷子になります。逆に、ロードマップが見えるだけで安心感が生まれ、離職率が大きく下がります。
具体策
1ヶ月・3ヶ月・6ヶ月・1年の到達目標
研修内容(会計・税務・ビジネスマナー・ITツール)
OJTと座学のバランス
チェックリスト・マニュアルの整備
月次の振り返りと評価
→ “見える化された育成ロードマップ”が離職防止にも直結します。
④ 新卒向け採用広報(HP・SNS・説明会資料)
新卒採用は中途採用とはまったく別物です。学生は「詳細な仕事内容」よりも、雰囲気・成長環境・人を重視する傾向にあります。
だから、事務所の魅力を“見える形”で伝える必要があるのです。
具体策
新卒専用ページ(仕事内容・キャリアパス・教育制度)
社員インタビュー(若手の声が最重要)
事務所紹介動画・写真
説明会スライド(ミッション・働き方・1日の流れ)
SNSでの日常発信(Instagramが特に強い)
→ “魅せる採用”を意識することで効果的な新卒採用になる。
⑤ 評価制度の見直し(成長を評価できるか)
新卒は「売上」で評価することはできません。そのため最初の1〜2年は、成長・姿勢・行動を評価する仕組みが必要になります。
具体策
行動評価(学習姿勢・コミュニケーション・基礎スキル)
半年ごとの成長面談
キャリアパスの提示(3年後の姿を見せる)
目標設定の仕組み(OKRやMBOなど)
フィードバック文化の定着
→ 新卒は“伸びしろ”を評価する仕組みが不可欠。
5.新卒採用が事務所にもたらす”進化”
このようにまとめてみると、新卒採用は事務所にかかる負担もかなり大きなものです。しかしそれ以上に、新卒採用に取り組むことで、単なる人材不足解消といった単純なものではなく、もっと大きな影響を事務所に及ぼします。
それが事務所の”進化”です。
新卒を受け入れるためには、業務、教育、コミュニケーション、評価制度など、事務所のあらゆる仕組みを見直す必要があります。
その結果として、事務所そのものをアップデートするための起爆剤になるのです。
実際、新卒採用に取り組んだ事務所では、次のような変化が起きています。
① 業務の標準化が進む
新卒に仕事を教えるためには、
業務フロー
手順
チェックポイント
を整理せざるを得ません。
その過程で、属人化していた業務が整理され、事務所全体の生産性が上がります。
② 教育体制が整う
新卒を育てるために、
カリキュラム
マニュアル
メンター制度
振り返りの仕組み
が整備されます。
これは新卒だけでなく、中途採用者や既存スタッフの育成にも効果を発揮します。
③ コミュニケーションが改善する
新卒が入ると、「説明する」「相談に乗る」「振り返る」といったコミュニケーションが自然と増えます。
その結果、事務所内の情報共有が活性化し、チームワークが強くなる傾向があります。
④ 若手が入ることで組織が活性化する
若手が入ると、
新しい価値観
新しいツールへの適応力
素直な吸収力
が組織に流れ込みます。
ベテランも刺激を受け、事務所全体の雰囲気が明るくなることが多いですね。
⑤ 業界の人手不足解消にも貢献できる
税理士業界は長年、「新卒をほとんど採らない」という文化が続いてきました。
その結果、若手が業界に入らず、人手不足が慢性化しています。
あなたの事務所が新卒採用を始めることは、業界全体の未来にもつながります。
⑥ 新卒採用は「事務所をアップデートする行為」
新卒採用を始めると、業務改善、教育制度、評価制度、コミュニケーション…あらゆる仕組みが見直されます。
つまり、新卒採用とは「人を増やす」ではなく「事務所を進化させるプロジェクト」であり、未来に対する投資なのです。
▼新卒採用が周囲に及ぼす影響のイメージ図
業務の標準化
↑
教育体制 ← 新卒採用 → コミュニケーション改善
↓
若手流入で活性化
↓
事務所のアップデート(進化)
↓
業界の人手不足解消
結論:新卒採用に取り組むことで、事務所はアップデートされる
税務会計業界の人手不足はかなり深刻です。
採用の支援を行っていて感じるのが、かなり限界に近い状況だということ。求人を行う事務所に対し、求職者が絶対的に足りておらず、結果として一定の層がグルグルと事務所間を回っているだけ、という状況が生まれています。
この状況は採用コストだけが膨れ上がり、誰も幸せにならない、という状況を生み出します。
まずは業界に”入ってくる”人材を増やす取り組みを早急に進める必要があります。
その最も効果的な手段が新卒採用です。
ただ、新卒採用は、決して簡単な取り組みではありません。教育体制の整備、業務の標準化、評価制度の見直しなど、事務所の根幹に関わる部分に手を入れる必要があります。決して安い投資ではありません。
しかし、そのプロセスこそが事務所を強くし、未来へとつながる基盤をつくります。
新卒採用は「人を増やすための手段」ではなく、事務所そのものをアップデートさせる取り組みです。
若手が育つ事務所は、必ず強くなります。そして、若手が育つ環境をつくれる事務所こそが、これからの時代に選ばれていきます。
もし、あなたの事務所が新卒採用に興味を持っているなら、それは未来に向けて進化するための一歩を踏み出すタイミングかもしれません。
ただ、ここまで見てきたように、新卒採用は手探りで行うと時間もコストもかかってしまいます。
そのため「うちの事務所でも本当にできるだろうか?」「まず何から手を付ければいいのかわからない」私のところにもそんな相談が寄せられます。
もし、
・繁忙期の負担軽減
・教育体制の整備
・1年目のカリキュラムの作成
・新卒向け広報の作り方
などでお悩みがあれば、一度ご相談ください。
事務所の体制整備から新卒向け媒体・代理店の選定、新卒採用のための年間スケジュールの策定、など多方面でバックアップいたします。
あなたの事務所の状況に合わせ、無理のないステップで新卒を受け入れられる事務所づくりを一緒に考えていきましょう。
(※事務所の規模や状況に応じて、最適な進め方をご提案します)
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