スタッフを解雇する前に知っておきたいこと2(普通解雇)
- 斉藤永幸
- 12月1日
- 読了時間: 9分

解雇のハードルは高い?
「試用期間での解雇」について前回お伝えしましたが、それは解雇の中の特殊な例といえるでしょう。一般的に解雇といえば2種類、普通解雇と懲戒解雇です。
事務所に勤めて何年にもなるのに、いまだにスキル不足でミスばかりする。
何度指導しても問題行動ばかりとり続けているスタッフがいる。
注意をするとパワハラだと騒がれてどうしたらいいかわからない。
そんな悩みを相談されることもあります。そうしたスタッフに対しては、放置しておくと周りに悪影響を及ぼし、最悪事務所の経営を傾けてしまう事態にもなりかねません。そのため解雇をして新しいスタッフを入れてやり直したい、そう考えている所長や代表も多いでしょう。
しかし日本の社会では、従業員の解雇には非常に厳しい制約が課されています。ただ、税務の仕事はお客様からの信頼で成り立っているものであり、場合によっては多大な損害が発生してしまうことも。そのため問題のあるスタッフを放置しておけば、お客様の経営を守ることなどできないのです。
こうした「解雇」ですが、大きく分けて2種類あります。それが「普通解雇」と「懲戒解雇」です(厳密にいえば、経営悪化などに伴う整理解雇などもありますが、ここでは省略します)。順番に説明するためにも、今回は普通解雇について考えていきましょう。
そもそも普通解雇とは「労働者が労働契約の本誌に従った労務を提供しないこと、つまり債務不履行状態を理由に、雇用者側が一方的な意思表示によって労働契約を解約すること」とされています。民法627条には、期間の定めのない雇用の解約の申し入れ、について定められており、これが一般的に言うところの「解雇」にあたります。
ただ、雇用者側が一方的に労働契約を解除できてしまうと、労働者側は大きなダメージを受けます。それを緩和するために労働基準法20条では、民法の規定を修正し「解雇予告」について定め、解雇には30日前に予告が必要で、それがない場合は解雇予告手当が必要、としているのです。
「だったら解雇予告手当を払えば解雇できるのか」というとそうではありません。様々な労働関連法で解雇について様々な要件を課しており、しっかりとした根拠に基づいて解雇を行わなければ、それは『不当解雇』として損害賠償や慰謝料の対象とされてしまうのです。
解雇が正当であるのか、不当であるのか、は2つの点から判断されます。それが、客観的合理性と社会的相当性です。
小規模な税理士事務所で注意したいのが、客観的合理性です。
その解雇に客観的合理性はあるのか?
解雇にあたって重要なのは、客観的な合理性です。つまり、所長や代表の主観で決めることはできない、ということ。単純に「能力不足」や「言うことを聞かないから」は解雇の事由にはならないのです。
そこで注意したいのが、どのような場合に解雇となるのか、がしっかり明記されていることが重要です。それが就業規則です。就業規則にあらかじめ、具体的にどのような行為が解雇理由になるのか、定められていることが重要なのです。
特に5名以下の個人の税理士事務所では、この就業規則が整備されていない場合がたまにあります。その場合、解雇を行うのは非常にリスクが高いですね。客観的な合理性を確保することが難しくなります。もし、就業規則が定められていない事務所は、早急に整備することをお勧めします。
そこで解雇事由を列挙しておくことで、一定程度の合理性の確保ができます。既定の例としては以下のようになります。
(1) 心身の故障のため、職務の遂行に支障があり、又はこれに堪えない場合
(2) 協調性がなく、注意・指導をしても改善の見込みがない場合
(3) 職務の遂行に必要な能力を欠き、他の職務にも転換することができない場合
(4) 勤務意欲が低く、勤務成績、勤務態度又は業務能率などが不良で、改善の見込みがなく、職員としての職責を果たし得ないと認められた場合
(5) 正当と認められる理由なしにしばしば遅刻、早退、欠勤をした場合
(6) 職務に必要な免許証等が失効した場合
(7) 業務上の負傷又は疾病による療養の開始後3年を経過しても当該負傷又は疾病が治らない場合であって、職員が傷病補償年金を受けている場合又は受けることとなった場合
(8) 重大な懲戒事由に該当する場合や服務規律に違反した場合
(9) 軽微な懲戒事由に該当する場合や服務規律に違反した場合であっても、改悛の情が認められなかったり、繰り返したりして、改善の見込みがないと認められた場合
(10) その他前各号に準ずるやむを得ない事由のある場合
これはあくまで一例です。もし規定をこれから整備する、という事務所があれば、この例を元に事務所の状況などに応じてアレンジしてみてください。重要なのは、思いつく限り具体的に解雇の理由を列挙しておくことです。また、それに該当しない場合でも、これに事情であっても解雇できるように(10)のような、いわゆるバスケット条項を設けておくこともお勧めです。
解雇に伴うリスクを減らすために
ただ、こうした規定を設けていても、解雇が不当とされるケースはあります。解雇では、「解雇をした理由」ばかり注目しがちですが、しっかりとしたプロセスを踏まずに解雇に至った場合は、不当解雇と判断される危険性が高いですね。
ここでポイントとなるのは記録です。これについては懲戒解雇についての記事でも触れますが、訴えられたりした際は、記録が残っているかが判断を分けます。普段から注意をしていたけど、それが直らなかったのでやむを得ず解雇した、といった場合でも「いつ」「どのように」注意したのか、が記録に残っていなければ「いきなり解雇された」という言い分が通ってしまうことにもなりかねません。つまり、しっかりとしたプロセスを踏みながら、それを記録していく、ということが解雇にとって重要なのです。
先ほど、解雇が不当かどうかは、客観的合理性と社会的相当性で判断される、と述べました。この社会的相当性の判断では、注意指導や懲戒処分を積み重ねるというプロセスをしっかり踏んでいるか、が問われます。このプロセスを怠れば、重大な解雇理由があったとしても、普通解雇が無効になる危険性が非常に高まってしまうのです。
ではどのようにプロセスを踏めばいいのでしょうか?
まずは注意・指導です。
多くの場合、初期段階の注意・指導は口頭で行われることが多いでしょう。ただ、この口頭での注意・指導は証拠が残るものではありません。そのため記録しておくことが大切です。常に注意・指導する際に録音・録画しておけ、というわけではありません。日報などで指導内容や、注意した際のスタッフの反応、態度などを継続的に記録しておくことで、問題行動があった証拠を残していくことが重要なのです。
また、それでも改善などが見られない場合は、メールやLineなども活用してみると良いでしょう。こうしたITツールの良いところは、送った日時、内容が記録され、それに対する相手の返答内容も同時に記録されること。返答がない場合なども、それ自体が証拠となります。口頭での注意・指導した際も、確認事項としてメールなどを利用し、確認できるようにしておくのも良いかもしれません。
それでも改善などがされない場合は、書面での注意・指導となります。
書面での注意・指導では、どんな行動が就業規則の服務規程に違反しておくと、その後の懲戒などに進んだ際の理由が明確になります。
それでも改まらないときは、そこで懲戒処分を行います。この懲戒処分は懲戒解雇ではなく、その前段階である譴責(けんせき)や戒告、減給や出勤停止、降格処分、といったものとなります。懲戒処分をする際には、これまで行ってきた注意・指導や、その他の懲戒処分なども考慮の上、その内容を決めることになります。
それでも改善が見られない場合、ここでやっと「退職勧奨」を行うことができます。退職勧奨は「退職したほうがいいんじゃない?」とスタッフに進めるもので、解雇と異なり、強制的な手段ではありません。しかし退職時の様々な条件の取り決めができるので、うまく活用できれば非常に効果的です。
もしくは退職勧奨を行わず、解雇予告をしてしまう、ということもできます。この場合は法律に則って30日以上前に行い、有給休暇の取得などについても決めていきましょう。
また、解雇はスタッフに重大な不利益処分となるので、普通解雇の理由にあたる部分で弁明の機会を与える必要があります。
この弁明の機会を与えずに解雇した場合は、後日不当解雇を理由に訴えられた際、解雇無効などの判断が下されるリスクも高くなります。この弁明の際の面談では、録音や録画をしておくことが重要。後日、弁明の機会を与えられなかった、などと言われないようしっかり準備しておきましょう。
その後は離職票の交付など、通常の退職手続きに進みますが、依願退職と異なり解雇の場合は「解雇理由証明書」が求められることがあります。これは労働基準法22条で定められており、請求されたら遅滞なく交付することが必要とされ、発行しなかった場合には30万円以下の罰金に処せられる可能性があります。
ここまでしっかりプロセスを踏めば、解雇のリスクは大きく減らすことができます。それでも解雇理由などが適切か、など争われることもありますので、いざという時のためにやはり弁護士などにチェックしてもらうことをお勧めします。
ここまで読んでいただけるとわかると思うのですが、単に「スタッフが思ったように働いてくれない」だけだと、解雇は難しいとわかります。だからこそマネジメント方法が研究され、所長や代表は様々なコミュニケーション方法を模索しながらスタッフと意思疎通を図っていく必要があります。解雇の段階まで進むと、法律的な判断が必要となるため、お手伝いできる部分は少なくなります。しかしその前段階であれば、所内のコミュニケーション環境の改善など、お手伝いできるところはたくさんありますので、興味がございましたらこちらからお気軽にお問い合わせください。
関連記事



コメント